「大津波・あの時あれからの語り部」ツアー
2011年 09月 25日
「大津波・あの時あれからの語り部&ガイド」ツアーに参加しました。
田野畑村は酪農と漁業、そして北山崎に代表される観光の村で、「サッパ船ツアー」や「机浜番屋群の保全」活動で近年全国的な人気を博していましたが、震災により壊滅的な被害を受けました。
今回の「語り部」ツアーは、被災の現実を多くの人に語り伝えるとともに、地域の漁業や番屋エコツーリズムの復活を目指して企画された、新しいツアーです。
2時間のガイドでツアー料金は一人あたり2,500円です。
道の駅たのはたでガイドさんと待ち合わせ、まずは「三陸鉄道島越駅」に向かいます。
ガイドさんのお話を伺うまで、ここに駅舎があったとは信じられない光景です。右に見える階段はプラットホームに上がるための階段ですが、駅舎も、ホームも、そして線路までもが失われました。津波は目の前の海からだけでなく、線路が続くトンネルの中からも襲ってきたそうです。
「高齢の方は昔(昭和8年の大津波)の風景に戻ったと言います。瓦礫の風景が当たり前に見えつつあり、(津波の現実を)風化させてはならないと感じています。」
続いて羅賀地区に移動し、漁師さんのお話を伺います。震災前の航空写真を持ってきてくれました。明治29年と昭和8年の大津波で家を流され、高台に移転した現在の住宅は倒壊を逃れたそうです。
今回の津波により、田野畑村では250~260家屋が流失・倒壊し、40名の村民が死亡・行方不明となり、さらに500隻あった漁船の9割を失いました。
3月11日は午前中シュウリ貝の漁を終え、午後自宅で地震に遭いました。幸いご家族とも無事でしたが、2隻の船を失ってしまいました。
「地震で瓦が落ちたり、お皿が割れるようなことはなかったが、すぐに津波が来ると思って山に逃げた。振り向くと大きな波が夫婦岩を越えてくるのが見えた。」
「昨年のチリ地震と、3月8日の地震で大津波警報が出たが、大したことはなかった。だから11日の地震でも本当に津波が来るとは思わなかった人がいたんじゃねぇかな。」
大宮神社に駆け上がり、それでも心配でさらに上のお墓に避難して夜を明かした人もいたそうです。海辺に立つ「ホテル羅賀荘」は4階まで波をかぶりました。2006年に水産庁の「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選」に選ばれた机浜番屋群の25棟の番屋も、全て流失しました。
ツアーの最後は、日本一の海岸美を誇る北山崎です。秋の爽やかな空気のもと、どこまでも美しい風景が続いていました。
今回のツアーに参加し、何か良い支援のアイデアが浮かぶことはありませんでしたが、ツアーに参加することで、漁業や観光業の復興を少しでも応援できたらいいなと感じました。
「津波の翌日から、海はきれいだった。」との言葉が印象に残りました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
秋晴れの爽やかな日曜日、北山崎を訪れる観光客は本当にわずかです。
みなさん、秋の観光シーズンはぜひ北山崎と龍泉洞へ。
今日は女優の室井滋さんが、撮影のため北山崎を訪れていました。
10月16日放送BSプレミアム「東北ローカル線の旅」
「サッパ船」ガイドの漁師さんがインタビューを受けていましたので、ぜひご覧下さい。