【追悼】安家地大根の長老に感謝を込めて
2013年 01月 16日

その畑は自宅から山道を数百m登った森の中にあり、手を背中で組み、ガニマタですたすた登っていく長老の後姿がとても印象に残っています。

16haあるその畑には、雑穀と安家地大根がほぼ半々、そしてミョウガや地カブ、ユリ(根)などの在来種が少しずつ植えられていました。長老が若かりし頃、焼き畑で切り開いたという畑からの眺めは絶景で、秋には屏風のような向かいの山々が鮮やかに色づき、はるか下を行く車を見下ろすことができました。

しかし、その景観よりも興味深かったのは、背筋をピンと伸ばして、丁寧に答えて下さる長老のお話と、奥様の作る漬物の味です。長老が「自然の恵みを食べてきたから、長生きできた」と言う通り、納屋をのぞけば山菜やキノコが漬けられ、春先には凍みいもや味噌玉がぶら下がり、手作りの静かな暮らしがありました。

テレビや新聞の取材に度々ご協力をお願いしたのは、この素晴らしく丁寧な生き方を、多くの人に知ってもらいたかったからです。全国紙に掲載された時は、九州の戦友から手紙が届いたと長老は喜んでくれました。

もうすぐ90歳を迎えるというのに、山の雑木を売り、ササの根を掘って畑を開墾した時はぶったまげました。しかし、奥様は驚く様子でもなく、翌年の夏にはヒエや大豆、イチゴが立派に育っていました。

そんな長老も、少しずつ家で休む時間が長くなり、ついに私が誰なのかもわからなくなってしまったようです。これがお別れの始まりだったのかも知れません。

長老は大正6年生まれ。95年の人生の中で、最後のほんのわずかな時間でしたが、間に合ってよかったと私は思っています。
本当はもっといろいろなことを聞いておきたかったけれど。お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。
▼長老の畑で初めて見た「安家地大根」の花

※下記の本に、長老の元気な姿が掲載されています。
「スローフードな日本!」 第2章「種から考えた大根」~地大根のある絶景
島村菜津著 新潮社 1,500円(新潮文庫552円)