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龍泉洞の水は昨年30周年を迎えました。
この龍泉洞の水が生まれた背景には、情熱的に自然環境を活かした地域活性化に取り組んだ保健所長・橋本勢津さんの存在があり、さらには当時の関係者の皆さんの英断がありました。
30周年という月日がたった今、その背景をあらためて記録し、皆様にもお伝えしたいという想いから、昨年夏、橋本さんにブログ前編集長がインタビューを行いました。
昨日の前編に引き続き、今日は後編をお届けします。



「世界最高品質の名水」誕生のきっかけに迫る(2)

ついに龍泉洞の水が発売開始
 1985年(昭和60年)当時としては最新の設備(消毒・殺菌漕、エアシャワー等)を備えた「龍泉洞地底湖の水」充填工場が落成し、8月1日に発売となりました。その当時のボトルはこちらです。
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龍泉洞の水の大成功、その効果は森を育む活動にも波及
 「龍泉洞の水」はミネラルウォーター業界でも初期に参入したため、まさに橋本さんの読みが当たって大評判となり、岩泉町に大きな効果をもたらしました。それは単に経済効果と雇用の確保だけではありませんでした。
この取り組みと同時に橋本さんは、釜津田中学校の生徒の協力のもと、「樹幹流」の調査を行い、岩泉町の広葉樹の森の豊かさを示すデータを収集しました。この取り組みは地域住民に広がり、さらに「ふるさとの森事業」「水源の森づくり」「酸素一番宣言」といった豊かな森づくりとPRにもつながりました。
その後1999年にモンドセレクション大金賞受賞などを通じて、まさに岩泉町の名水が世界の名水としても認められました。


龍泉洞の水、そして岩泉の「森とともにある暮らし」の未来に向け
今でも「龍泉洞の水」は変わらず湧き続けています。幸い「龍泉洞の水」はその美味しさを多くのお客様から評価頂き、ご愛顧頂いていますし、観光地「龍泉洞」も岩泉町の象徴的な観光地として、多くの皆様にお越しいただいています。

龍泉洞の水を活用した商品も広がりを見せており、現在では龍泉洞のお茶シリーズ、龍泉洞珈琲が好評で、さらには今年6月25日より「龍泉洞の化粧水」も発売されます。

大事な気付きを岩泉にもたらしてくださった橋本さんは1997年に退職。未来に向けて、この龍泉洞、そして森を受け継ぐために・・・森を大切にすること。海外にも出向いて広く世の中を勉強することなど、様々なメッセージを頂きました。地域活性化のために熱心に取り組んだ橋本さん。その想いは私たちの世代、そしてさらに次世代に引き継がれようとしています。

みなさま、今後もどうぞ岩泉にご注目下さい。

(おわり)

by kyounoinaka | 2016-06-01 07:45 | ◎もの 世界の名水 龍泉洞の水

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 「龍泉洞の水」は1985年(昭和60年)8月1日に発売が開始されてから、昨年30周年を迎えました。
日本のミネラルウォーター業界でも初期に参入した岩泉町。
龍泉洞の水はおかげさまで多くのお客様から愛されていますし、岩泉町では「森と水のシンフォニー」をコンセプトに末永く豊かな森を育み、暮らして行こうという機運はますます高まっています。

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この龍泉洞の水が生まれた背景には、情熱的に自然環境を活かした地域活性化に取り組んだ保健所長・橋本勢津さんの存在があり、さらには当時の関係者の皆さんの英断がありました。30周年という月日がたった今、その背景をあらためて記録し、皆様にもお伝えしたいという想いから、昨年夏、橋本さんにブログ前編集長がインタビューを行いました。

30周年の記念日から時間が経ってしまいましたが、貴重なインタビューの内容を、ぜひご一読ください。



「世界最高品質の名水」誕生のきっかけに迫る(1)

●きっかけは、保健所長の橋本勢津さん
 「龍泉洞の水」が世に出るきっかけは、当時岩泉保健所長だった橋本勢津さんにありました。
橋本さんは東京生まれ、女学校時代に大空襲に遭遇し、祖父母の地という縁もあり下閉伊地域へと疎開してきたそうです。医学の道を志した橋本さんは戦後、内科医として久慈市に赴任し、さらにその後は宮古保健所に勤務することとなりました。その後1975年、橋本さんは欧米各国で研修する機会をいただき、ヨーロッパでボトル水が売られていることを知りました。

岩泉に、水と空気を活かした働く場所を!
 1980年から宮古保健所長、さらには1982年からは岩泉保健所長を兼務することとなった橋本さん。ちょうど日本が高度経済成長を経て、岩泉町には高齢化・過疎化の波が到来していました。若い世代が次々と町を離れる状況に、「若い人がいないのは働く場所がないから。岩泉で産業を興すには、水と空気しかない」と思ったそうです。さっそく、橋本所長の指導のもと、龍泉洞の水の詳細な水質検査が行われ、科学的にもカルシウムなど豊富なミネラル分が含まれていることが明らかになりました。
 当時の日本の都市部では環境破壊・水質汚濁が深刻化していた時代。そうした状況から、絶対にこの清らかな水は売れると確信した橋本さんでしたが、周囲の人々からは「水が売れるわけがない」と言われ、なかなか理解は得られませんでした。

●ミネラルウォーターの流れが日本にも・・・
 そうしたなか1983年、ハウス食品が「六甲のおいしい水」を発売しました。ボトル入りミネラルウォーター商品化の流れがついに日本でも始まったのです。さらに1984年、環境庁が「日本名水百選」の選定を始めたため、龍泉洞地底湖の水を応募したところ見事に選出されました。これを受けて当時の八重樫協二町長は商品化を決断したそうです。


(つづく)

by kyounoinaka | 2016-05-31 16:40 | ◎もの 世界の名水 龍泉洞の水